江戸時代の宿場町

最近は親の介護のため、よく実家に帰っています。このあいだの日曜日も帰ったのですが、今さらながら田舎であることを思い知らされました。駅からのバス路線が廃止されていたのです。ここ数年、どんどん新しい家ができていたので、もう田舎じゃなくなったなあ……なんて思っていたら、足元をすくわれました。まあ徒歩30分の距離なんで、ハイカーとしてはたいしたことありませんが、雨の日は憂鬱です。

ところで、駅から実家までの途中に、江戸時代の宿場町があるのです。いわゆる五街道ではありませんが、美濃路という脇街道の稲葉宿です。中学校の通学路だったので、毎日のように歩いていましたが、当時はまったく意識してませんでした。大人になると気づくことって多いものです。今回はたくさん写真を撮ってきたのでお見せします。

問屋場跡
これは問屋場跡です。人足・伝馬の数は45人・45疋だったそうです。中山道が50人・50疋だったことを思うと、結構な数が配備されていますね。甲州道中なんて25人・25疋ですよ。

道標
道標です。「右つしま」と書いてあります。「対馬」じゃなくて、「津島」です。愛知県の方だけがわかる地名ですね。

美濃路
遠慮がちに小さな看板がありました。片隅のマスコットキャラクターは「いなッピー」です。

古い民家
当然、修理はしているのでしょうけれど、この姿を維持しているところがすごいですね。もちろん人が住んでます。

古い蔵
古そうな蔵です。不釣り合いに翻っているのは、中日ドラゴンズの旗です。

大きい民家
ここはかなり大きな家でした。

本陣跡
残念ながら、本陣はのこっていません。跡地に石碑が立つのみです。

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