焼岳から日本海までの山旅(4)

5日目の行程のうち、地獄だったのは烏帽子岳から船窪岳の間の4時間半です。
雨と蒸し暑さに閉口しながら、南沢岳、不動岳、船窪岳とひたすら急坂の上り下りをくり返させられました。山の斜面を水平にトラバースできたらラクなのに、「どうしてこんな道なんだ!」と怒りたくなります。でも、この山にはトラバースする道はつくれません。山肌がガレていて土砂崩れがおきやすく、たとえ道をつくっても壊されてしまうからです。自然の力は偉大です。結局、尾根に道をつくるしかありません。しかし、いくつもの山が連続するため上下の高低差が激しく、急坂を登ったと思ったらすぐに降らされます。これではいっこうに距離をかせげません。疲れているときには、この精神的ダメージはかなり堪(こた)えます。

この苦行に耐えられたのは小屋の夕食のおかげでした。目的地の船窪(ふなくぼ)小屋は料理が大変おいしい小屋で、すでに朝のうちに電話を入れて夕食を予約しておいたのです。しかし、さすがに疲労がたまってノロノロ歩きになってしまいました。山のルールでは遅くとも16時には小屋に着くべきですが、もう16時を回っています。遠くから小屋の前に「お父さん」が待っているのが見えた時には「ヤバイ!」と焦り、あわてて早足に変えました。小屋に着いたのは16時45分でした。

船窪小屋の夕食
船窪小屋の夕飯。とても山小屋の食事とは思えない細やかなできばえです。

船窪小屋とテント場は歩いて20分も離れた場所にあるため、とてもテント場までもどる気になれず、小屋泊しました。もっとも何かと興奮しており、夜はあまり眠れませんでした。そして朝起きてみると雨。疲れがたまっていたこともあり、停滞することにしました。しかもぜいたくに小屋での連泊です。テント泊の料金が千円程度に対し、小屋泊だと7千円はかかります。でも小屋なら暖房があって濡れたものを乾かせます。まだ全行程の半分しか終わってないことを考え、いったん態勢を立て直そうと考えました。

食事のおいしい船窪小屋です。昼食はどうなるのかとワクワクしていたら、レトルトじゃないカレーがあると言うのです! 飛びつきました。
船窪小屋のカレーライス

カボチャや豆にベーコン、さらに生卵まで入った具だくさんカレーでした。これで800円! 感激です。しかも、「あまっているからとおかわりどうですか?」と声をかけていただきました。よっぽど飢えているように見えたのでしょう。もちろんいただきました。ちなみに「双六小屋のカレーはうまいんだよなー」とのたまったオッサンに出くわしたのは、あろうことかこの小屋です。

午後には晴れ上がったので、小屋で知りあった女性と二人で水場まで行きました。往復1時間ほどです。これはデートでしょうか。水場はテント場の下の、人目につかない崖にあります。あわよくばすっぽんぽんになって水浴びしようかとも考えていましたが、美女がいるのでそれはできません。頭だけ洗うことにしました。美女にペットボトルの水をかけてもらって、頭をゴシゴシしました。

ところで、今回の縦走はFacebookで毎日報告していました(友達限定です)。すると同じくFacebookに動向をアップしていた大原さんが、後ろから迫って来ていることがわかりました。大原さんというのはトランスジャパンアルプスレース(日本海からアルプス越えをして太平洋まで走るレース)の完走者です。睡眠時間を削ってまで走り続ける狂人なので、こちらが寝ている間に追い抜かれないともかぎりません。スマホで大原さん情報を得る必要に迫られました。ところが問題はバッテリーです。小屋泊すれば充電できるだろうと踏んでいたら、船窪小屋はランプの小屋でした(!) ぬかりました。この後は充電のできる小屋をさがすことになります。

船窪小屋への連泊を終えた7日目。めざすは種池山荘です。コースタイムは13時間半くらいなので大したことはありません。ただし2年前の縦走で雷雨に遭い、泣きべそをかいたのはこの区間です。今年は太陽のもとで歩きたいものです。緊張のせいか夜中に何度も目が覚めました。しかし外は雨。朝4時すぎからは布団をたたみ、いつでも出発できるようスタンバりました。でも雨はやみません。雨が小降りになった5時20分すぎ、ようやく出発しました。小屋の人たちが玄関の鐘をならして見送ってくれました。ずっと手を振ってくれているので、いたたまれなくなり、走って小屋を後にしました。

船窪小屋
小屋のスタッフの女性2人が、両手を挙げて見送ってくれています。