南樺太への旅(3)

今度はサハリンの南端に向かいました。ここには日露戦争末期に日本軍が上陸しています。日本海海戦などに勝利した後、日本側の優勢を示すための軍事行動でした。その日本軍が上陸した地点には碑が立てられていました。


今は折られて上部は横倒しにされています。「遠征軍上陸記念碑」という碑文が見えますね。


上記の碑の近くに海底電信を送受信する施設跡がありました。ここから北海道まで海底ケーブルがつなげられていたのです。

話は変わりますが、日本領時代に建てられた樺太庁博物館は大変立派なもので、現在も利用されています。

サハリン州郷土博物館になっているのです。屋根に日本らしさが現れていますね。ここには昔サハリンに住んでいた人びとと北海道に住んでいた人びと文化に共通性があることを示す遺物が展示されていました。想像以上に遠くまで「丸木船」などで出かけていたわけです。


黒曜石使ってますね。北海道「白滝」産の黒曜石はサハリンにも渡っていました。


外には「奉安殿(ほうあんでん)」までありました。これは戦前の各学校にあった施設で、なかに「教育勅語」と「御真影(ごしんえい)」を安置していました。入試ではあまり出ませんが明治大では備えておくといいですよ。さすが「御真影」をおさめるだけあって頑丈にできていますね。コンクリート製です。日本では戦後にほとんど壊されましたが、こんなところで目にするとは驚きでした。ここで例のご老人は「朕惟フニ我カ皇祖皇宗国ヲ肇ムルコト宏遠ニ……」と教育勅語を口にしました。今でも覚えてるんですね。僕も同調したらウケたでしょうね。

サハリンツアーの話はここまでです。明日は帰りに寄った山登りの話です。受験には関係ありません。

でる日講義-経済・外交史(近現代)-