7日目、小屋の人に見送られながら船窪小屋を出発しました。そこまでは良かったのです。しかし七倉岳に登ると、お約束どおり天候は悪化しました。2年前ここで雨具を着たことが思い出されました。嫌な気配が漂ってきます。またもや強い風雨です。蓮華岳に登るころには、あたりは2年前と変わらぬ景色となっていました。
でも今回は立ち止まったりしません。かつて雷雨に逡巡して時間がかかったのが嘘のようにあっという間に登りきり、いったん針ノ木小屋に避難しました。ただし、ここはあまり親切な小屋ではありません。何も注文せずに小屋内にとどまることは許されない雰囲気です。スマホの充電もできなくて当然といった感じでした。気持ちが沈みます。すでに靴の中も濡れはじめていました。つま先のゴムが岩にこすれて剥げてしまって、防水が効かなくなっていたのです。しかも右足の薬指が靴の中の突起物にあたって痛くなっていました。脱いでしまいたくなります。2年前はここから針ノ木雪渓を降りて、いったん撤退しました。2時間もあれば下界に降りられることはわかっています。町に降りて何もかもをきれいにしたい誘惑にかられます。靴を買い直したいとさえ思いました。かなりナーバスになっていたのです。
こういうときはまずお腹を満たすべきです。そういえば起きてから口に入れたものは、カロリーメイトを1袋だけでした。そこで中華丼(1,000円)を食べ、気持ちを落ち着けました。そしてまた、登りだしたのです。
雨のなか何人もの登山者を追い抜きましたが、みながっかり顔でした。晴れていればここはすごく景色のよいトレイルです。なのに今日はガスっていて何も見えません。灰色の世界のなか、足元だけ見て黙々と歩きつづけました。
目的地の種池山荘の手前に新越(しんこし)山荘があります。そこでスマホの充電ができるかと聞くと「できますよ」と返ってきました。僕が焼岳から親不知をめざしていることを話すと、受付のお兄さんは興味をもってくれ、ちょっと話しこんでしまいました。小屋で働く人は、縦走に最適な時期こそが繁忙期なため休みが取りづらく、山好きであっても長期縦走ができないと言うのです。なんという皮肉でしょうか。まだ午後1時前で、この先にある種池山荘にもじゅうぶん行ける時間でしたが、風雨で気持ちが萎えていたのと、小屋の人に親近感が湧いたのとで、ここに泊まることにしました。
皮肉なことは僕にもよくあります。小屋泊に決めると雨が上がることがままあるのです。このときも部屋に入ると空は晴れ上がりました。やっぱりです。小屋は土曜日だったので混雑するかと思いきや、部屋には関西弁のおじさんと僕の2人だけで、ゆったりできました。他の部屋には団体が入っていたので、何か配慮してくれたのでしょうか。昼寝もできました。
翌日、2時45分に起きて外を見ると星が出ています。「晴れてる!」と飛び起き、3時20分に出発しました。星空の下を歩いていくのは大変気持ちの良いものです。種池山荘をすぎ、冷池(つめたいけ)山荘ではカップラーメンを食べました。ここではスマホの充電もしたのですが、逆にそれがあだとなりました。小屋の人に託して充電をしてもらったところ、自動的にスマホの電源が入ってしまい、それに気づかず受け取ったため電源ONの状態がつづいて再びバッテリー切れに追いこまれたのです。
天気は明け方は曇ったものの、太陽がのぼると青空が広がり、眼下に一面の雲海を見ながら快調に歩いていけました。
北アルプス南北縦走のときに冷池・鹿島槍間で見た雲海です。
Posted by 石黒 拡親 on 2015年9月10日
冷池・鹿島槍間で見た雲海
双耳峰で有名な鹿島槍ヶ岳もこんなにきれいに見えました。手前の山には写真を撮っている人たちが並んでいるのが見えます。頂上でも立ち止まることなく、難所の八峰(やつみね)キレットに入りました。難所といってもマッターホルンを登った後では難しく感じません。どんどん歩を進めました。
八峰キレット
八峰キレット小屋は、2年前に500mlのポンジュースを見つけて感激したところです。値段は500円もしますが、長期縦走者にとって100%ジュースは貴重です。小屋をのぞくとありました。思わず「これを楽しみにしてたんですよ!」と言って買いました。小屋のおじさんも「これオトクだろ-」と自慢顔でした。
そういえば2年前にここで信州大の女子大生にジュースをおごったことがありました。彼女も親不知を目指しており、抜きつ抜かれつ歩いて何度か会話していたのです。かなり大きなザックでしたが、日程に余裕をもってじっくり歩いていたので、たぶん親不知までたどり着いたことでしょう。日本海をめざすアホな人は意外といるのです。