焼岳から日本海までの山旅(6)

最近、ウルトラライトハイカーとよばれる、超軽量装備で山を歩く人が増えています。僕もその一人ですが、そうした人たちは少数派で、ほとんどの縦走者は今も60~80Lの大きなザックを背負って歩いています。五竜岳に向かう途中で追いついた老夫婦も、やはり大型ザックを背負っていました。奥さんを脇から抜こうとしたところ、視界に妙な違和感を感じました。ザックの側面に緑色の棒状のものが見えたのです。トレッキング・ポールかと思いきや、なんと長ネギでした。驚いて「ネギ持ってきてるんですか!?」と聞くと、「ええ、玉ねぎより軽いからねえ」と返されました。いやいやそうじゃなくて! 玉ねぎとなんてくらべてません。僕の食料なんてフリーズドライ食品だらけですよ。水気のあるものなんて、重いのでいっさい持ってきていません。もう感覚が違いすぎます。でも、後で思い直しました。山で料理をしてくれる奥さんがいたら最高だな、と。旦那さんがうらやましくなりました。

五竜岳は八峰キレット側から登ると、すごくおもしろい岩場を通り抜けます。その岩場で2人組みの女性クライマーを追い越しました。振り返ると、2人がまるで山雑誌に載っているような「イイ絵」になっていたので、写真に撮らせてもらいました。頂上を往復した後でふたたび彼女たちに会い、勝手に撮ったことを詫びて、後日写真をお送りしました。

五竜岳に登る女性クライマー
勝手に撮るということで腰が引けていて、ベストなタイミングでシャッターを押せてません。

五竜山荘にはさまざまな携帯端末を充電できる設備が整っていました。左隣はコーヒーメーカーです。1杯300円。

五竜山荘の充電設備とコーヒーメーカー

この日はその先の唐松山荘まで行きたかったのですが、小屋の人が唐松山荘に問い合わせてくださり、向こうでは充電ができないことがわかりました。それならここでテント泊するのがベストです。スマホもバッテリーチャージャーも完全充電させました。

この山荘では夕食のメニューがカレーだったため、さすがにそれは遠慮して自炊しました。自炊といっても、アルファ米とフリーズドライのおかずをお湯でもどして食べるだけです。ナイフさえ持ってきていません。そんな簡単な料理(?)なのに、この日はピンチに襲われました。米を入れるプラスチック容器が割れていたのです。転んだ時にやってしまったようです。

割れたプラスチック容器
割れたプラスチック容器

以前にひび割れした時にはガムテープでしのいだのですが、今回は穴まであいています。補修できるレベルではありません。途方に暮れました。

今回の縦走では、すでに穂高岳山荘でカフェラテを作ったときにライターの火がつかなくて、一度冷や汗をかかされていました。そのときはすぐにライターを差し出してくれた人がいて助かりました。

役立たずのくまもん
役立たずのくまもん

その後、南岳小屋でも火が付かず、困って小屋のスタッフに相談すると、なんとマッチが売っていました。

役に立つ南岳マッチ

役に立つ南岳マッチ。30円!

さあ今回はどうしましょう。小屋で売っているお土産のマグカップを買う手もありますが重そうです。800円払ってわざわざ重量を増やすのはしゃくにさわります。そこでジップロックを使うことにしました。

これでも中味は炊き込みご飯
これでも中味は炊き込みご飯

いかにもまずそうですね(笑) でもこれ、ウルトラライトハイカーの間ではよく知られた食べ方なのです。ちゃんと名前もあって「袋飯(ふくろめし)」と言います。もともとこの袋に何を入れてたかって? そういうことは山では考えちゃいけないんです。

翌朝は山荘のドリップコーヒーとクリームパンをいただきました。なんて都会風な朝食! そして快晴のもと、唐松岳に向かって気分よく出発しました。

この時、2人連れの先輩女性とすれ違いました。行き先を聞かれたので親不知だと答えると、「私も栂海新道(つがみしんどう。親不知への下山路)歩いたわよ」と返ってきました。そこは避難小屋に1泊しなければならないロングルートなのに、女性でも意外と歩いた人がいて驚きます。親切にも迷いやすい場所を教えてもらいました。石井さん、その節はありがとうございました。最終日、実に心強かったです。

山で出会う人たちってなんだかおもしろいと思いませんか? 下界にいる時には何かと他人のハラを探らなければなりません。それが山では、少しもウソのない親切心に触れることがあるのです。同行者のいない単独行だと憐れに思われるのか、よけいに親切にされやすい気もします。またそれを受ける側も、ひとりであるがゆえに人の温かみに敏感になっているのでしょう。僕が山に登りたくなる一番の理由はここにあるのかもしれません。

朝の五竜岳
朝の五竜岳