「ゆとらー」それはゆとり世代な人たち

いつもなら今頃、最後の‘へとへと講習’をやっているところですが、
今年は休みを取らせていただきました。
先週の金曜日は、他の先生方から、
「石黒先生、来週は?」と聞かれるたびに、
「すみません、今日で講習終わりなんです……」と謝っていました。

ところでその先週、ワセヨビでの授業中、
何度か不安にかられることがありました。
たとえば「近現代日本史」の講義中のことです。
ふだんなら、できごと同士のつながり具合に気づいて、
多くの生徒が「なるほど!」という表情をするところで、
イマイチ反応が薄かったり……。
ちょっと話がこみ入ってくると、顔をゆがめ、
さらには理解するのをあきらめたのか、
うつろな目になってしまう生徒がいたり……。
ゆっくり板書を写していて、
僕が問いかけている質問を考えようとしなかったり……。

 いわゆる「ゆとり教育」のせいなんでしょうか……?

そんな生徒には‘ゆとらー’と名付けたくなりますが、
国の教育方針のせいで‘ゆとらー’にされてしまったとしても、
そうやって沈んだままでは、
ゆとり教育を受けていない人たちに、一生おくれを取ることになります。
自分のまわりは‘ゆとらー’だらけで気づかないかもしれませんが、
私立の学校では、ゆとり教育なんて無視していたところも多いのです。
そうした‘非ゆとらー’とくらべて、
自分が劣っているなんて悔しくありませんか?
しかも現在は、‘ゆとり教育’にはマイナス面が多かったとして、
方針が転換され、授業時間数は増やされているのです。
ということは、20年後とかには‘脱ゆとらー’たちからも、
見下されることになります。

まったく「オレの人生どうしてくれるんだ!」って話ですけれど、
文句を言っていても何も解決しません。
猛勉あるのみです。
何事も、もっともっと高速で考えるものなのです!

※ネットで検索してみたところ、
 「ゆとらー」はすでに使われている用語みたいです。