あざみ野からのメッセージ2021(4)

授業後に質問されて気づいたのですが、9番ページの藤原純友の乱の鎮圧者を間違えて板書してしまいました。すみません。小野岑守ではなく「小野好古(おののよしふる)」です。授業の最後に「追捕使」の補足をした際に気づくチャンスがあったのに……。すみませんでした。

<Sさん>
過去問を解いてみたら本当にノートのところがたくさんでてノートおぼえってすごい効果だなと思いました。
(青学はちゃんと縄文ポシェット出てました!)

<石黒>
それはいい経験ができましたね。ぜひ近道を通って合格もぎとってください。

<Hさん>
先日の模試で、授業でノートを作った範囲はノーミスでした!!
時代が違ってもすぐに対応でき、ダミーの選択肢にもすぐに気付いてノートの大切さを実感しました。
この気持ちを忘れずにがんばります!

<石黒>
おおおお。素晴らしいですね。合格への最短コースに乗っかれてます。その調子で。

<Oさん>
ありがとうございました。
平氏と源氏の関係を見直すと思っていたより複雑になっていたことを改めて実感しました。
来週もよろしくおねがいします。

<石黒>
源氏VS平氏って思い込みがあるんですよね。そんな単純ではありません。次回、それがよりわかる話が出てきます。

<Tさん>
日本史は内閣総理大臣だけ歴代覚えるものだとずっと思っていたので、源氏も加わって焦りました。

<石黒>
おもしろすぎる感想ですね。天皇も藤原氏も北条氏も足利氏も徳川氏も、歴代で覚えるべきものはいくらでもありますよ。

<Tさん>
9ページで、源氏と平氏の関係が逆になっているということがとてもおもしろいと思いました。

<石黒>
みごとなまでの裏返しですね。

<Sさん>
ありがとうございました。
大河ドラマの「平清盛」を見ていたので、これからの授業もすごく楽しみです。

<石黒>
なんと。だいぶ前ですよね。実家で一瞬だけ見たことがあります。授業では短くしか扱えずすみません。

<Fさん>
土地制度の所を学校で習ったとき、分かりずらかったので、今回分かりやすく学べて良かった。

<石黒>
それはよかったです。忘れないうちに復習してください。

<Oさん>
荘園の所が理解しにくかったです。

<石黒>
土地制度史は1学期の授業で一番難しいテーマです。夏期講習でもう一度扱いますので、それまでに用語に慣れておいてください。今回の話がベースとなって、次回の守護・地頭、さらにその後の守護大名などが出てきます。

<Sさん>
荘園制度が全然頭に入らなくてやばいです・・・しっかり復習します・・・
先日の記述模試でもノート脳内復元できて感動しました!!

<石黒>
今年は土地制度史が苦手な人が多そうな気配を感じました。ネックにならないよう気をつけてください。

<Nさん>
荘園の仕組みが複雑で難しかったです。

<石黒>
やはりですか……。

<Oさん>
荘園公領制難しかった。きちんと頭の中でハッキリして、説明できるようにもってきたい。
天皇に加えて活躍人物最初に覚えたい。

<石黒>
先に覚えるべきものは授業前の予習で覚えてきてしまった方がいいです。その予習で用語に慣れておくと荘園公領制なども授業で理解しやすいと思います。

<Aさん>
今日も授業ありがとうございました。
先週の内容になってしまうのですが、吉備真備は道鏡が左遷された後の地位は低くなったのですか。

<石黒>
なりませんでした。770年の時点で85歳で、辞職しようとしたところを光仁天皇に慰留されたそうです。そんな晩年を送りたいものですね。

<Oさん>
Qいなくなった郡司は、どこに行ったのか?
Q荘官としての職を与えられる前から、職は与えられていたのでは?
Qだんだん権力がなくなった国司は不満があったのですか?
保元・平治の乱の覚え方に感動を覚えました!

<石黒>
郡司の一部は開発領主となったりしました。
荘官としての職を与えられる前は、郡司や郷司としての職を持っていました。「荘官としての」がポイントです。
権力がなくなった国司というのはどの時点の国司でしょうか。10世紀には国司の権限が強まったと言えます。その後は武士の台頭により、貴族である国司の権力はなくなっていきますね。もちろん不満でしょう。

<Aさん>
部活で時間がないときは復元ノートと清書ノートどっちを優先するべきですか?

<石黒>
清書しないと復元もできないように思いますが……。

<Iさん>
・オススメな史料問題集を教えて下さい。
・ノートの復元は何も見てない状態からやるのですか?

<石黒>
自著で申しわけありませんが『どこでも史料問題』です。ノート復元は何も見ずにおこなってください。

<Kさん>
そのページの枠を覚えて中身を覚えるを毎ページ繰り返せば良いですか?

<石黒>
そうです。

<Kさん>
保元の乱でなぜ源氏と平氏がそれぞれ分かれて戦ったのかがあまり理解できませんでした。
覚える必要があれば説明していただきたいです。

<石黒>
崇徳上皇方、後白河天皇方に武士たちが採用されたからです。源氏、平氏がそれぞれ一族で団結していると思ったのでしょうか。これまでの歴史をふり返れば、血縁でつながった一族だろうが頻繁に内輪もめをおこすのはわかりますよね?

2017年に登った奥穂高岳から見たジャンダルム