焼岳から日本海までの山旅(7)

先日、弊社スタッフから「山小屋にはお風呂あるんですよね?」と聞かれました。残念ながら稜線上の小屋にはほとんどお風呂はありません。だから身体を拭くだけで耐えるのです。山小屋ではたらく人たちは僕よりもっと長期間耐えてますよ。驚くのは小屋にいる女性アルバイトです。とてもお風呂に入ってないようには見えません。どうしているのか聞いたことはありませんが、みなさんきれいにされています。

※追記:その後、山岳ガイドの佐藤さん(僕のクライミングの先生です)からのご指摘で、「山小屋にはスタッフ専用の風呂があり、何日かに一回入ってます」とのことでした。失礼しました。ってことは、このとき僕だけが危険物になってたわけですね……。

僕自身はこの日、山に入って9日目を迎えていました。五竜山荘を出発し、唐松岳(からまつだけ)に向かいます。
大黒岳
大黒岳(だいこくだけ)の岩場。この向こうが唐松岳です。

唐松岳の頂上に立つと大変気持ち良い天気で、珍しくのんびりしました。この日歩く予定の地図上のコースタイムは10時間40分。今となっては余裕な距離です。剱岳や立山がよく見えていました。

唐松岳頂上からの景色です。僕のナレーションが入ってます。

Posted by 石黒 拡親 on 2015年9月11日

唐松岳頂上からの景色です。僕のナレーションが入ってます。

唐松岳の先には不帰嶮(かえらずのけん)があります。ここは結構危ない岩場で、登山者が渋滞しがちです。この時もどこかの大学のワンゲル部がアワアワしながら歩いていました。道をゆずることにも気が回らないどころか、超大型ザックでフラついており、後ろから見てヒヤヒヤしました。ワンゲル部というのはいまだに戦前の軍隊風です。無理に重いものを背負うのはマゾなのでしょうか。心配になって行き先を聞くとこの先のテント場だと言うので安心しました。彼らでも3時間あれば着くでしょう。いっぽう彼らは僕の小さな荷物を見て、これでテント山行であることに驚いていました。

次に遭遇したのは1組の夫婦でした。前から18人ものパーティーが登ってきたため、すれ違えずに待機していたのです。それを知らずに旦那さんの後ろに立つ奥さんのそばまで来てしまいました。これは非常にまずいポジションです。なぜなら風上に僕、風下に奥さんだからです(!) これでは僕の身体から放たれている異臭が奥さんのほうに漂ってしまいます。自分では気づきにくいですが、たぶん「汗臭い」なんてレベルを超えた異臭のはずです。困ったことに前から来るのは、高齢者ばかりののろのろパーティーで、だいぶ時間がかかりそうです。観念して「すみません。山に入って9日目なんで、異臭がそっちにいくかもしれません。」とあやまりました。

天狗山荘への道
天狗山荘への道

そんな状態だったので天狗山荘に着いたときはホッとしました。ここには雪渓から取る水場があるのです。ばっちり太陽が出ていて風もあったので、これで汚れ物を洗って乾かせます。もちろん洗剤なんて使いませんよ。
天狗山荘の水場
天狗山荘の水場。ジュース類が冷やしてあります。

長期縦走をしていると「着替えはどうしてるんですか?」とよく聞かれます。軽量化が優先なので、最低限しか持っていきません。今回はTシャツ3枚、靴下3足(それぞれ1セットは緊急用なので最後まで使わない)、下着は2枚だけでした。ウール繊維だと匂いが消えやすいので、こまめに乾かして使っていました。ちなみに乾かす際はザックにくくりつけて歩いたりしますが、靴下は大変な異臭を放つため(ホームレスの人たちの臭いです)、人が少ない山域でない干せません。素人にはオススメできないってヤツです。一番難易度が高いのはパンツを干しです。

天狗山荘では、太陽熱で暖まっている岩やベンチに洗濯物を干し、山荘で牛丼を食べました。すると先ほどの夫婦がやって来て「あ、9日目の人だ!」と気づかれました。ここぞとばかり「水場でいろいろきれいにしました!」と晴れやかに答えると、「うん、なんだかすっきりしてる」と言ってもらえました。臭いを放つザックは外に置いてあるので安心です。カレーうどんを食べていた女性客一人と、あわせて4人で話しこみました。聞かれたのは「そんなに長い休みがあるって、何してる人なんですか?」というのと、「荷物はどうなってるんですか?」でした。講師と物書きしてることを言うと、「山の本書いたらいいじゃない」と勧められました。いやーそんなの書けたら最高ですね。あまりに勧められたのでつい調子に乗って、「自分が書けるものってあるのかな?」と自問する日々がはじまってしまいました。僕より山に詳しく経験豊富な人は無数にいるので、自分の取り柄が見つかりません。

その後は、小屋の外で荷物チェックをされました。臭い物はジップロックに封印したので大丈夫なはずです。ん? 「そのジップロックは袋飯用じゃないのか」って? そうしたツッコミはしちゃいけないのが山のマナーです。ええ、ええ、別のやつですよ。

結局、ここで2時間も過ごし、4人とも白馬岳に向かいました。奥さんが僕の軽いテントにも興味を示されたので、先に白馬岳のテント場に行ってテントを張っておきました。汚れ物だらけのテント内をお見せするのは非常に恥ずかしかったのですが、知らない人には教えたくなります。これは予備校講師のサガでしょうか。またまた楽しいひとときでした。

白馬岳頂上宿舎のテント場
白馬岳頂上宿舎のテント場。いつの間にか碁盤目状の区画がなされていました。まるで条里制で区画された口分田です。これでは風よけの石垣は積めませんね。