昨日のSさんからは、さらに2016年慶應大法学部の問題についての質問もいただきました。
これはなかなかキビシイ問題です。
<Sさん>
連日の質問すいません
慶應法の2016の問題でどうしても気になってしまったことがあるので質問させてください。
「西行は北面の武士として〔 〕に仕えたのち、出家して諸国を旅して多くの優れた歌を詠んだ」
とあるのですがゴロで覚えていたので北面の武士だから白河院だと思って答えを見たら鳥羽院になっていました…てっきり北面の武士は白河院だけと思っていたのですが違うのでしょうか?
<石黒>
北面の武士は白河院政後も存続しています。前近代の用語は、それがいつ消滅したのかがわからなくて困ることが多いですね。後鳥羽上皇が西面の武士を設置したころには、北面の武士は武力的性格がなくなっていたようです。入試ではここまでの知識は必要ありません。
いっぽう西行がいつごろの人かを理解していたら、少なくとも「白河院」は消去できました。西行は鎌倉文化で登場する人物だからです。しかし語群に「後白河院」があるため簡単には解けないようになっています。さすが慶應ですね。厳しい問題でした。