焼岳から日本海までの山旅(10)

8月26日。もう山に入って11日目です。
3時5分、真っ暗の中を朝日岳に向かって歩き出しました。登っていると富山湾の町の灯りが見えてきました。能登半島の灯りも見えます。暗くてたいした写真など撮れないのに、その向こうの金沢に行った時のことを思い出して、何度かカメラのシャッターを切りました。朝日岳を登りきると蓮華温泉への分岐点があります。2年前に敗退した場所です。その時しゃがみこんだ場所を見て武者ぶるいしました。いよいよここからは歩いたことのないゾーンに入るからです。ところがしばらく行くとだだっ広い場所になり、道を間違えてしまいました。暗い中で初めてのルートを歩くと道迷いのリスクが高まります。ただ、足裏の感触が敏感になっていたので「ん? 何かおかしいぞ」と気づきました。地面がやわらかくて人の足で踏み固められた形跡がないのです。こういうときは潔く引き返すべきです。広い場所を右往左往しながら戻り、正しい道を見つけました。

アヤメ平をすぎ、黒岩平にさしかかると緑が朝日にあたって輝きだしました。とても気持ちのよい開けた場所です。
黒岩平1

黒岩平2
黒岩平

出発から3時間近くで黒岩山にたどり着きました。例によってカロリーメイトしか食べておらず、すでにおなかが「グーグー」鳴っています。もうこのころには、おなかをすかせたままで歩くのにも慣れてきて、身体の中の脂肪をエネルギーに変えるサイクルができているようでした(帰宅後に体脂肪率を測ったら9%に落ちていました)。今日はロングルートです。シャリバテ(食料摂取不足でバテること)が怖いので、小屋でつくってもらった大きなおにぎりを1つ食べました。日本海のほうに延々とつづく尾根が見えます。かなり長いので「ほんとにあれをたどるのか?」と半信半疑になりました。すれ違う登山者は一人もおらず、聞くこともできません。ただひたすら歩きつづけるほかありませんでした。

小屋の女主人に「台形の山」と教わった犬ヶ岳を越えると栂海山荘がありました。ここは無人小屋ですが、立派なつくりです。中には布団や毛布もありました。ありがたいことに地元の山岳会の方が整備してくださっているのです。
栂海山荘

栂海山荘の室内
栂海山荘とその室内

雨が降ってきたので山荘の軒下で、おにぎりを半分食べました。そしてすぐさま出発したのですが、ここでまた道がわからなくなってしまいました。小屋の前の広場をうろうろしたあげく再び軒下にもどってくると、なんと目の前に標識がありました。ショックでした。おにぎりを食べていた時、この標識の文字まで読んでいたはずなのに……。このあたりから頭がはたらかなくなっていたようです。
見落とした標識

雨が降ったり止んだりで、なかなかカッパを脱げません。もちろんカッパは透湿性素材の生地ですが、運動量が激しすぎて内側も汗みずく状態になっていました。おかげでかなりのどが渇き、水を大量に飲みました。でも幸いなことに栂海新道にはいくつか水場があり、補給しやすくなっています。このときは「黄蓮の水」という水場で水を1Lくみました。

地図には区間ごとにかかる時間が記されています。その区間を歩き終えるたびに、自分がどれくらいの速さで歩けたかを計算していました。この日はコースタイムの6割が目標でした。それは結構達成できていたのですが、だんだん疲労のせいか計算に手間取るようになっていきました。頭がはたらかないのです。考えていたのは、この10日間に知り合った人たちのことでした。応援してくれた人たちや、西田さんをはじめ親切にしてくれた人たち、もっと話してみたかった人や、結構話したのに照れくさくて名前も聞かなかった人たちのことでした。平坦なところでは「笹岡さんだったらここは走ってるな」と思って走ったりもしました。

白鳥小屋
白鳥小屋

2つめの無人小屋である白鳥小屋にたどりつくと、珍しく登山者がいました。2組のご夫婦です。小屋の入り口に座っておにぎりを食べながら話をしました。2組とも昨日は栂海山荘に泊まり、これから下山するとのことでした。僕がうなだれつつ「まだ親不知まで7時間かかりますよね?」と言うと、「そんなにかからないでしょ」と返されました。そこで自分の頭がおかしくなってることを自覚しました。残り時間の計算を間違えていたのです。足し算すらうまくできなくなっていました。トランスジャパンの選手たちは激しい疲労のあげく、幻聴や幻視を体験するそうです。僕もわずかですがその世界をかいま見ました。

道が海に向かってまっすぐに延びていればラクなのですが、尾根はかなり屈曲していてなかなか海岸に近づきません。海はもうずっと前から見えているのに何度も上り下りをさせられます。しかも太陽が出たかと思えばすぐに雨が降ったりして、「もう降らなくていいよ!」と声に出てしまいました。おにぎりの残りがありましたが口にする気にもなれず、アメで空腹をしのぎながら歩き続けました。そうして白鳥小屋を出てから3時間、ようやくゴールが見えました。
親不知観光ホテル
親不知観光ホテル。船窪小屋のおかあさんの娘さん夫婦が切り盛りしています。日帰り入浴も可能です。玄関にいた大型犬に何度も吠えられました。僕の異臭のせいでしょうか。動物は正直ですね。

結局、朝日小屋からかかった時間は10時間45分(休憩含む)でした。これはコースタイムの59%で自分としては満足な結果です。ホテルの外に荷物を置き、海まで階段を降りていきました。海に飛びこむ強者もいるそうですが、若くないので海水に手をつけるだけにとどめました。こうしてついに11日間におよぶ長旅が終わったのです。
親不知

僕の装備に興味をもつ方が多かったので、装備一覧をさらしておきます。着ているものも含めてこれでほぼすべてです。
装備一覧

廃棄処分の靴
身につけていたものをすべて脱いでみると、もっとも異臭を放っていたのは靴だとわかりました。もったいないですが廃棄処分するしかなさそうです。というわけで箱の中には新しいボルダーX(2号)が待ちかまえています。黒い靴は何かって? 昨年の縦走の際に使ったトレランシューズですよ。身のほど知らずのなりきりトレイルランナーだったので、転びまくってわずか1日で挫折しました。自戒をこめてこちらの恥もさらします。

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