世界の中における自分(1)

今日はちょっと大上段にかまえた話から入ります。

大人になれたかどうかの判断の一つにこんなのがあると思うんです。

 世界の中における自分を意識できているかどうか

コドモって周りが見えていないことが多いですよね?
自分のことしか考えていないわがままなガキで、
傍若無人にも「自分はトクベツだ!」なんて思っていたりして……。
たとえば、今、自分が抱えている悩みを、
まるで自分「だけ」に降りかかった不幸だと感じてしまうのです。

自分が世界の中のちっぽけな存在だってことに気づくと、
同じ悩みを抱えてる人なんて無数にいるのだろうとわかります。
長い歴史を考えたら、今まで何万人、何億人もが、
ぶつかった壁なんじゃないか、とわかるようになります。

これを受験勉強にあてはめてみるとどうでしょう。
「どういうふうに勉強するのが良いか?」
なんてことは、誰もが考えたことだと気づきませんか?
すばらしい勉強法を発見して「俺って天才じゃね?」なんて思っても、
そのほとんどは、すでに誰かによって発見されたものでしょう。
ってことは、自分でうまい勉強法を編み出す必要なんてないんですよ。
すでに誰かが編み出したものを利用する方が早いんです。
しかもその勉強法には、
失敗や修正を繰り返して改良されたものも多いでしょう。
逆に良さそうに見えてもムダの多い勉強法なら、
誰かが実験して失敗した結果を知れば、
自分が実験台になって犠牲になる必要がないんです!

そうした成功例や失敗例は、数多の書籍にもあるでしょうが、
でるとこサイトやこのブログにもたくさん書いてあります。
書いてあるのは勉強法だけではありません。
みなさんが感じる多くの疑問の答えもありますよ。
変な話、僕は今の現役受験生が生まれる前から、
予備校講師をやってるんです。
みなさんが抱く疑問・質問の多くは、
すでに過去の生徒から聞かれたものばかりです。
それらをモトにこのブログを書いているんです。

この話、明日にも続きます