長崎・五島列島の旅(2)

キリスト教が禁止されていた江戸時代、幕府や藩の目を避けてキリスト教を信仰しつづけた人たちがいました。彼らを「隠れキリシタン」と言います。
キリスト教が伝来したのが1549年。そこから幕府が全国に禁教を命じる1613年まで、実に60年以上もあります。この間にキリスト教の信者数は増えていきました。とりわけ九州には南蛮船が来航しやすかったためキリシタンが多く、1637年には島原の乱がおこりました。それ以降、幕府はキリストの絵(踏絵)を踏ませる「絵踏(えふみ)」を強化し、弾圧を強めました。

五島列島は幕府の目が届きにくいため、隠れキリシタンが潜伏しやすかったようです。自転車で走っていると「潜伏キリシタン墓碑群」という看板が目に入りました。ちょうどそこにジョギングをしている人がいたので、どれが「墓碑群」なのか聞いてみました。

隠れキリシタンの墓碑群
教えてもらわなかったら絶対わかりませんね。ただ石がゴロゴロしているだけの空き地です。

驚くべきことに隠れキリシタンたちは、200年以上も信仰を続けました。その後、明治時代にキリスト教が黙認されると、やがて教会が作られていきました。隠れキリシタンとの関係もあって、ひなびた位置に建てられたものが多いです。今回の旅行では、そうした教会をたくさん見ました。

堂崎教会
レンガが美しい堂崎教会です。海に面した場所に立っています。ここでは隠れキリシタンの遺物を見ることができました。

その後、船で奈留島に渡り、千畳敷という所にテントを張りました。

千畳敷